メディアによる”天才”の扱いに思うこと

思うこと

今日のYahoo!ニューストピックに、こんな記事がありました。

TBS『消えた天才』一時放送休止 映像加工で謝罪「スピードを実際よりも2割程度速く」(オリコン) - Yahoo!ニュース
TBSは5日、8月11日放送の『消えた天才』(毎週日曜 後8:00)において、リトルリーグ - Yahoo!ニュース(オリコン)

TBSの「消えた天才」というテレビ番組が、たびたび番組の趣旨に都合よく映像を加工していたことが発覚したので、しばらく番組を休止するそうです。

 


 

 

普段からメディアによる天才の扱いについて、思うところがありました。

 

 

テレビではよくあることで、ギフテッドは実生活でも体験したことがあるかもしれないけど

  • 天才ってスゴイですねー
  • 凡人の私たちとはレベルが違いますね!まったく理解できない領域!

というような扱い、演出は、

天才を立てているようだけど、

なにかズレている、違うと思っていました。

 

このやり方は実際、誰のことも尊重できていない。

 

自分や他者を上げたり下げたり、そういう、能力主義(強い人がえらいスゴイ人がえらい)、旧型ピラミッド構造を助長するために、天才的能力を持ち出すことはやめませんかと言いたいです。

 

  • 天才は素晴らしいですねー
  • 私たちにはこんな可能性があるんですね。まだまだある制限の思い込みを疑ってみましょう。私たちもそれぞれの能力を、思いっきり全力で表現しましょう。

この使い方が良いです。

 

 

能力主義で高く評価される能力だけが、価値のある能力ではないですね。

他の人には真似できない、自分でもなぜできるのかよく分からない、他の人を幸せにできてしまう能力。

これが本当の天才的能力ではないかと思います。

 

すべての人にそのような、ユニークな天才的能力があることを、私は天才たちを理解しようとする過程で知りました。

誰でもよくよくフラットな気持ちで人生を思い返してみれば、ひとつやふたつ、心当たりがあるはずなんです。

 

天才的能力を持つことによる可能性や大きな喜びを、天才だけに押し付けておくことはできません。

その、簡単に喜べるレベルを超えた喜びから、誰も逃れることができません。

 

天才を見て、自分と天才性を切り離して安心するのではなく、自分の中の天才性に光を当ててほしいのです。

 

今後、メディアでそのような扱いがされていくと良いなと思います!

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