ギフテッド自身が気付きにくいけど、実は「才能の核」だと思う感覚について

きそちしき

ギフテッドの特性を持つみなさん。

 

普段の生活や自分の得意分野での活動の中で、

「これって、ここをもっとこうしたら良くなるのに…」

とか

「世の中ではこうするのが常識だけど、これはああしたら、もっと良くなるんじゃないかな…」

って

ふと思う時がありませんか?

小さな現状への違和感とか、アイデアの芽みたいなもの。

 

 

私は昔から、そういうことが頻繁にありました。

でもだいたい、まだ”その感覚”を感じた時点では、しっかりと考えが固まりきっていなかったり、大それたことのように感じられたり、どうしたら実現できるのかがまったく分からなかったり…。

とにかく、

現時点で自分にそれを実現する能力がない…

イコール 才能がない

と思い込んで、

その小さな違和感のような感覚を

軽く扱ったり、捨ててしまったりしていました。

 

でも本当は、

気付いた時点で自分に(理想形を)実現する具体的な能力が何もなかったとしても、

その「違いに気付ける」ということが、

どうしたらもっと良くできるか、嗅ぎとれることが

いわゆるその「センス」自体が、

才能の核心的な部分

だったんだと今は思います。

 

試しに、自分にとってまったく才能(センス)のない分野をイメージして比べてみてください。

そういう不得意分野では、

いろいろなものを見聞きしてもぜんぜん何の違いも分からないし、どうしたらもっと良くなりそうかというイメージも膨らんでこないですよね。

 

ギフテッドにとって、得意分野でかなり強力なセンスがあるのは当たり前のことすぎて、あまり意識しないし、その貴重さ、ありがたさに気付きにくく、センスが与えてくれる情報をぞんざいに扱いがちではないかと思うのです。

あとはセンスによって得る情報が深い、ニッチ、斬新すぎて他の人と共有しづらく、意識の中で埃をかぶってしまったり…。

 

そしてだいたいこのセンスによる違和感がどーんと大きく出てくることはなくて、

視界の片隅に、現状から理想形に向かって続いている糸の端がちょこっと見えて、その先は見えない。。というような感じで、かなり不安で頼りないしろものなんですよね。

でもすごく、辿ってみたい衝動に駆られて、ついに耐えきれなくなってヒーヒー言いながら努力してたぐり寄せてみると、すごく我ながらうっとりするような成果が出るということを何度も繰り返して、「これは信用できるものだったんだ」と知ったのです。

 

なので、ギフテッドのなかまたちに

  • ギフテッド的センスからくる違和感を感じた時に、実現する方法が具体的に分からなかったとしても その感覚があること自体が才能であり、なんとなく「今」「ひとつ」「できそうなこと」を繰り返していけば、最初の想像以上の理想形にちゃんと辿りつけるよ😀
  • 自分にとって当たり前でも、ギフテッドのセンスというのは想像以上にすごい。大切に拾い上げて、大切に使おう😀

ということを、お伝えしたいです。

 

 

なんだかぼんやりした書き方になってしまいましたが、意図が伝わっていたら幸いです(・_・;

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました