人は毎瞬死に変わり、生まれ変わっている。今考えていることのメモ

思うこと

ここ2週間ほど、「人は毎瞬死に変わり、生まれ変わっている」というテーマでいろいろと考えていた、一連のメモです。

ギフテッドがうわーっと考える内容、テーマってシンクロしているのではないかと思っています。

きっと誰かも同じことを考えていたり、何か少し世界が広がるかもしれないと思って、普段は誰かに見せたりしないものですが載せてみることにしました。

 

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死ぬことと生まれることは表裏一体で、
何かが死ぬ時、必ず何かが生まれている。

死を避けることは誕生を避けること。

ひとつ死を避けることで大きな死が膨らんでいく。

死の痛みと、生まれる歓びは重なっている。

人は、死の痛みからも、生まれる歓びからも永遠に逃れることができない存在。
人間は、どこまで行っても想像を絶する幸福から永遠に逃れられない存在

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毎瞬毎瞬、すべてが死に変わり、生まれ変わっている。

すべてを包括する視点から見たら、
その死に
すごい死も
ささいな死もない。

私にとって惜しい死も、うれしい誕生も、
世界にとって等しい

あらゆる死の痛みと生まれる歓びを毎瞬感じ抜く

素直に死ぬ
素直に生まれる

この命がある限り、
その死と生を自分の中に循環させ続ける

どんどん死んでどんどん生まれよう。

→これが本当の安心立命
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今がすごく愛おしくて大切で、失いがたいこと
新しい今を迎えることは、「今までの今」を失うことであっても、嬉しいこと

この痛みと喜びが表裏一体の感情は、
永遠に変わらない、持ち続けるのだろう。

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死を
遠ざけて遠ざけて
守れば守るほど

内側から
生気を吸って
死が膨張していく

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永遠に有って無い今を、どうしたって理解しきれないこの命を精一杯喜びで満たすために
調和をつくり分かち合う

毎瞬訪れる「今の死」と表裏一体で「生まれる今」を喜びで満たすために
進化し続ける

そのために智慧を求めてる

存在していれば、地獄に遭うこともある
でもそれからどう在るかは自分が選べるのだ。

私は地獄を乗り越えて天国にいくのだ。
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私は何かを諦めた

やっぱり人はどう考えても意味不明な背景に生きている。

なんの説明も保証もない、
ただただ信じなければ不安になってしかたない。
どうして存在しているのか、
私は「大丈夫」であるのか

不安になったところで何か分かるわけでもない。

そのことは悲しいと思う。

でも自分の心の持ちようしだいで天国も生み出せるんだ。

選択は自分がする。
自分にしかできない。

私はこの意味不明さを諦めて、きっと大丈夫なんだと信頼して、すべて明け渡して
天国をつくりたい。

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生活に浮き沈みがあることも
カタストロフィが訪れることも
使命がデカイことも
しかたない
人間だから
でも乗り越える強さもあるのが人間
なんとかなる
信じてしなやかに強く生きよう
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死を呑み込むか、
死に呑まれるか

どっちかの在り方しかない。

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自分の望みに正面から向き合う
古い自分が死んでいく痛みを呑み込む
新しい自分を生んでこの世に送り出す

 

 

 

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