私の性別観 両性具有な私たち

ギフテッドの恋愛 魂の片割れ

先日、女性と「女である自分」について話し合っていた時に

「自分の中にある男らしさを生かすことも大切だよね」というようなことを話したら、「私は女性らしい女性だし、自分の中に男らしいところなんてまったくない」という返事があったんです

 

確かに今は女性は女性らしくしなさいと言われ、男っぽい振る舞いはしないようにと躾けられたりするし、男性の場合もかなり厳しく女性的な面を制限するような圧力がかかっているので

「体が女性に生まれた自分は女性」「体が男性に生まれた自分は男性」と考えることが自然なのかもしれないと思いました。

 

でも私の考えではこれはまったく真実ではなく、持てばとても苦しくなってしまう考え方だと思います。

私は、私たちは体が男性に生まれていても女性に生まれていても両性具有の存在だと考えているのです。

自分と対になる人間から学んだこと

このブログに度々登場する片割れさんに出会った時

私は女の子で片割れさんはお兄さんでした。

 

最初はお互いになんとなく年上の男性がリードするものと思っていたのですがそれがなかなかうまくいかず、彼は自分のことをひどく女々しい男だと言って責めてしまう始末でした。

確かに私は彼よりも理性がよく働き、物事をどうすれば良いのかがよく分かり、勇敢で、彼はとても繊細で美しくピュアな感性を持っているのでした。

 

その頃ツインソウル(魂の片割れ)が出会った時に何が起こるのか・どうしたらいいのかということをもうすでに大勢の人が実体験含めまとめてくれていて、そういうものを見てみるようになりました

するとどこにも必ず書かれていることが、「自分の中の男性性と女性性の統合をすることがツインソウルとの関係で最重要」ということでした。

 

そこで初めて私も、女性である自分が頭のてっぺんからつま先まで全て女性一色というわけじゃなく自分の中に男らしさというものがあること・あってもいいこと、そのバランスをとることが極めて重要なのだということを理解したのだと思います。

 

参考:「陰陽性質表」 陰陽 – Wikipediaより。

基本的性質 遠心力 求心力
傾向 収縮 膨張
特性 融合、同化、集合、編成 分裂、分離、分散、拡散
動き 不活発、緩慢 活発、敏速
振動 短波、高周波 長波、低周波
方向 下降、水平 上昇、垂直
位置 外部、周辺 内部、中心
重量 軽い 重い
光度 暗い(晦冥、月光) 明るい(光明、日光)
湿度 湿潤 乾燥
密度 緻密 希薄
外形 小さい 大きい
形状 収縮性 膨張性
感触 柔軟 堅硬
素粒子 電子 陽子
元素 窒素、酸素、燐、カルシウム等 水素、炭素、ナトリウム、砒素等
環境 波動 ー 土 ー ー 水 ー 空気
気候風土 寒帯気候、湿潤気候 熱帯気候、乾燥帯気候
生物特性 植物的 動物的
性別 女性 男性
呼吸 吸気 呼気
器官構造 実質器官、凝縮性 中空器官、膨張性
神経 末梢神経、副交感神経 中枢神経、交感神経
補瀉
態度、感性 沈滞、消極的、防御的 活発、積極的、攻撃的
仕事 心理的、精神的 物理的、社会的
文化 精神的 物質的
次元 空間 時間
内外 外側 内側
武術
戦闘 防御 攻撃
向き 下、後、左 上、前、右
夫婦
表裏
天体 太陰(月) 太陽(日)
天気
昼夜
天地
温度
偶数 奇数
商売 損害 利益
状況
人間 精神(心) 肉体(体)
数学 -(負) +(正)
春秋
夏冬
東西 西
南北
背腹
感情的 抑制 興奮
内臓 五臓(六臓) 五腑(六腑)
人体組織 皮膚、骨 筋肉、内蔵
部分 下部 上部
高さ 低い 高い
音の高さ、声調
光闇
収穫 凶荒 豊穣

ながっ、、。

☯    ☯    ☯

 

さて、皆さん 自分が持っているずっしりとした物質的肉体と、その中にある目に見えず掴みどころのない「私」の精神・魂対極の相対する存在であるということは何となくイメージしていただけるかと思います。

 

ということはですよ

  • 体で女性を表現している人はその中身に男性的な性質が入っていて
  • 体で男性を表現している人はその中身に女性的な性質が入っている

という考えも自然だと思いませんか?

 

このことは長く男女のパートナーシップをやっている男性・女性には必ず理解していただけるのではないかと思います。

このことが腑に落ちてからはすごく関係がうまく回るようになりました。

 

具体的には、

  • 表面的な現実世界では私が彼にリードしてもらって彼を立てて甘えます。
  • しかし魂の領域では私がリーダーシップを発揮し、彼を引っ張って甘えさせています。

(意識してそうするというより、うまく自然に任せるとそこに着地する感じ)

 

まずはじめに体が女性の私が内面で男らしさをしっかり立てると、やわらかく、受け容れるという女性性を表面で表現しても、変なものが来たらすかさず男の剛性を出して自分を護れるので、女性でいることがやりやすくなります。

同時に、彼は女性らしい内面を私の中の男にゆだねられるので、安心して表面で男らしさをどーんと打ち出すことができるようになった。という感じです。

 

この経験からもやはり今の私は、私たちはもともと両性具有の存在で、肉体とその中身という対極の存在を同時に運用していくために体で片方を、中身でもう片方を分担しているに過ぎないんだと考えています(そしてさらに最近は色々な分担バリエーションが存在することがどんどん明らかになっていますね)。

社会全体が男性性にとても偏っている時代

そして加えて特に認識しておいてほしいのが、今は人間社会自体が極限まで男性性に偏った結果、

「陰極まりて陽となる」(夏の一番暑い時期にはもう秋の商品がお店に出るし、冬の一番寒い頃には春の香りがしてきたりするように)ということで

どんどん女性性を取り戻し始めてる段階だということなんですね。

 

なので現段階では相当意識して自分の中でバランスを取らない限り、個人の中身がかなり男性性に偏ってしまうという傾向がありますから、

自分の中の女性性、感性を死守していじめず育てていく必要がありますよ。

循環の連鎖

そのように、私たちは一人一人の中に、男性性と女性性を併せ持っています。

そしてその二つの性質がうまくバランスが取れるようになると、自分という一人の人間として自分と対極の性質を持つ人間と仲良くできるようになります。

そうすると対極の人間と統合した「ふたりでひとつ」の人間として、人間の対極にある存在とうまく調和できるようになるんですね

その人間と対になっている存在を、昔から人はと呼んでいましたよ。

 

実際にやってみるとこの対極のバランスが取れエネルギーの循環する状態がいかに人間のデフォルト・自然なのかということがよくわかります。

この2極のバランスがことごとく壊れているのでこんなにも多くの人がなんとなく苦しく感じて生きていながらも、それが人間のデフォルトだと考えていますが、全然そんなことはなく、この循環さえ機能していれば人は悠々と流れに身を任せて生きていけるものなのです〜。

 

 

ちなみに幸福否定理論的に言うと、性に関する幸福はとてつもなく大きいので、それを否定するための動き・わけのわからない狂騒が個人の中にも社会にもすごく出てくることが自然と思われます。

笠原先生のWebサイト内にも興味深い例がたくさん挙げられています。

恋愛感情と愛情

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