ギフテッド、「常識」超えても「道理」は超えるな

ギフテッドの生き方

ギフテッドは「常識」に疑問を持つし、常識の枠にハマらないし、常識を超えてもっとよい解釈、やり方をしたい!という意志を強く持っていますよね。

 

そこで気をつけたいのが、

「常識」と同時に「道理」をも超えてしまう行為!

 

「常識」という、今の時点での凝り固まった理にかなわないやり方はどんどんギフテッドの高い視点を使って書き換えるべきだけど、

常識を更新できても、理にかなってない発想を理屈で正当化して、魅力を持たせて人々に影響力を持つのは最悪でしょう?

ってことです。

 

なにがって、詐欺に近いグレーなお商売をしている賢い人にギフテッドの特徴を持つ人がたくさんいて、本人にまったく悪気がないどころか、本気で良いことをしていると思っているという場面にたびたび遭遇することがあり。。。。

 

確かに今の資本主義社会、お勤め生活の常識にはたくさんの無理がある。

でも次の一手として、詐欺を持ってくるのはそれも理にかなっていないから違うよねってことなんです。

 

ギフテッドは頭が良いから、他者や自分自身さえうまく欺いて、自然に考えたらおかしいことでも、だれもが信じてしまうような魅力的理屈を生み出せてしまう。

 

私たちは、理屈をコネコネするのが宿命的に得意です。

理屈をコネコネしたら、どんなへんてこりんなことでも真実にできてしまいます。

 

「こうこうこうで、今の常識は古いから、次は〜〜な人を殺してもいい。」

というのは、おかしいですね?

それでも、他の多くの人にそれを信じさせてしまうような力が、私たちにはあります。

(たとえば、ヒトラー。麻原彰晃)

 

自分の世界に没入し続けると、周りまで巻き込んで、それがおかしいということが分からなくなってしまうもの。

だからこそ、やっていることを一度手放して、ガン見しないで遠目に見てみて、理屈をコネコネしないで素直に自分の中の理性・良心に照らして、おかしくないか省みることを、常に忘れてはいけないと思います。

 

「普通に考えておかしいって。」

と言われたとき。

それは、常識の範囲を超えているから…という、ただの変化への抵抗、抑圧である場合もあれば、

道理を無視して無茶をしようとしているからやめるべき、という本当に耳を傾けるべき必要な忠告である場合がありますから。

それらをいっしょくたにして、常識を捨てることへの抵抗だ!と反抗すること、あまつさえ無茶な思想の燃料にすることは本当に危険だと思います。

 

ギフテッドは常識より何歩も先を生きているものですが、

最優先して世に放つべきは

  • 今の常識から、「一歩」進んだ場所にあって(それは時にギフテッド自身からしたら本当に自分の思想のエッセンスが損なわれていて退化にさえ感じることもあるけど、常識からしたら一歩進んでいるのだから)
  • 多くの人が理屈をこねなくても自然に納得できるような、道理にかなっていて、本当に世の中が進化・調和に向かって進んでいくこと

ではないでしょうか。

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